ブエバがアフリカの空に還るとき、唯一の心残りが長男のラグベルであった。
内戦に駆り出されていったラグベルは無事だろうか。
帰りを待つ家族がいないことを知ったら、どれだけ悲しむであろうか。
どこにいるか分からない息子に書いた手紙には宛先がない。
ラグベルの机にまるで遺書のように置いてきたが、届くだろうか。

戦場を逃れて、我が家に辿り着いたとしても、裏庭の墓を見れば息子は絶望するだろう。
あの希望を込めた手紙(遺書)が、あの子に、果たして届くだろうか。
届くだろうか。
どうか届いてくれ!!

その彼の魂の願いが叶うのまでには、それよりかなりの月日を経ることになる。


舞台はまた東京へ――。

暗黒の

大地と呼ばれし

大陸に

抑圧の過去

現在もなお

砂埃舞う

荒野あり


巨木の陰に

一対の

湿れるダイヤ

光けり

背負いしものの

温度すら

彼の命が

刻みつけ


地平の彼方

島国の

混迷の風

地をさらう

いつかの光

探る手は

繋がる意志の

明日なり



 果てしなく広がる、このかつての草原地帯にも砂塵が降りかかっている。

人類発祥の大地は今日も乾いていた。

厳しい環境の中で、動物も、植物も、人間も皆、生命が研ぎ澄まされていた。

しかし――。

乾季に度々起こる熱波は、支えあう命さえも奪おうとしている。

そう、今も。

 

 その微かな鼓動は、誰にも届かない。

虚ろな瞳の奥の光は、僅かに水分をたたえ、

二匹のブチハイエナを威嚇しているようにも見える。

それは、静かな泉に浮かぶさざ波のように、

あるような――、ないような――、曖昧にさえ見える生命。


 彼がこのバオバブの木の下に座り込んでから三日が経とうとしていた。

彼にはもう疲れすら感じない。

飢えと乾きは、最も単純な欲求の芽すらも刈り取っていった。


 五日目、禿げ鷹が勢いよく彼の眼前に舞い下りた。

死が訪れたのである。




三週間後、東京――。

「さっきから、アフリカ特集なんか映してつまらんなぁ。阪神・巨人戦やっとるやろ。」

「野球だってつまらんよ。それより見ろ、健気に生きるサバンナの動物を。

うわっ、ガゼルがチーターに食われとる!」


小さな2DKのアパートの拾ってきたようなテレビでは、アフリカの動物番組が流れていた。


「純ちゃん。そんなゆうても、こんな映像使い回しやないか。結局は食物連鎖や。

動物の世界は厳しいんやで。」

「実際、俺は人間でよかったと思うよ。生まれ変わるとしても人間がいいな。

まあいいや。それじゃあ、巨人戦見るかぁ。」

「なにゆうとんねん。阪神戦やろ。」

純は少し苦笑しながら、チャンネルを回した。


 ところで、禿げ鷹とハイエナの空腹を満たした彼はブエバという名であった。

10年前に結ばれた妻のワイナとの間に、子供は五人産まれた。

しかし、2年前から村を襲った飢饉に、僅かな食糧を子供に与えていたワイナが死に、

続いて末娘のエイバ、三男のホルへ、次男のアナカムバ、長女のナタリが倒れてしまった。

死因は飢餓とそれに伴う疾病。

生まれたばかりのエイバの直接の死因は下痢である。

ただし、ナタリだけはAIDSの影響が大きかった。

ブエバは一人ひとりの最期を看取り、渾身の力を振り絞ってアフリカの大地に埋葬した。

以来、ブエバの涙が乾くことはなく、

最期の刻でさえも彼の心には、家族への愛と悲しみが満ちていたのである。